2011年11月04日 09:11
父と息子
いつも天下御免をご覧頂き誠にありがとうございます。
東京営業部の伊藤です。
今回はタイトル『父と息子』ということで、私のちょっと変わった?父についてお話させて頂こうかと思います。
私の父は現在58歳、大型トレーラーの運転手をしています。
小学生の時に父(祖父)がひき逃げに遭い他界。その後は小学生から新聞配達のアルバイトをして家計を支えていました。
中学を卒業後、陸上自衛隊に入隊。
自衛隊を辞めた後はカメラ屋やシロアリ駆除などの仕事を転々としながらプロボクサーとして生計を立てていました。
元々少し強面な為、若い時はパンチパーマヘアーで組織の構成員と間違えられ、
現在はEXILE人気に便乗してかATSUSHIを意識した坊主頭にサングラスのスタイルが定番ですが、目論見外れ『爆風スランプのサンプラザ中野』と言われています。
気が弱く争いごとが苦手な自分とは真逆に、父はとにかく『瞬間湯沸かし器』のように喧嘩っ早い人で、家族でご飯に行く際にも危険な暴走行為をするドライバーなどと出会ったら路肩に車を停めて『ちょっと待ってろ』と言い残し子供の見ている前でストリートファイトを始めたりする猛者です。
また昔は相当のミリタリーマニアで家にはありとあらゆるガスガンがあり、新しいガスガンを購入する度に私の口にマッチ棒をくわえさせて『試し打ち』という名のプチ虐待を恒例行事かのように行っていました。
怯える私に父はいつも『大丈夫。俺は自衛隊にいた時、電子銃の大会で賞とったことあるんや。それにこれが出来なかったら大人になった時に苦労するぞ』と言っていました。
(成人後も普通に生活する上でこのようなシチュエーションに遭遇することは稀だと思うのですが、子供の頃はこれは必ず乗り越えなければならぬ男の試練だと刷り込まれていました。)
こんなめちゃくちゃな父ですが人様に迷惑をかけたり悪いことは絶対に許さない一本筋の通った性格で、私が悪いことをした時は本気で叱ってくれ、逆に良いことはした時はちゃんと褒めてくれた良き父親でもあります。
ただ、子供ながらに私は『大きくなってもこんな危ない大人にはならないでおこう!』と強く誓っていたものです(笑)
しかし月日は流れ、気が付けば私も父と同じようにボクシングを始め、カメラ屋で働いたり、カッとなると後先考えず行動したりと年々その行動がソックリになってきました。
父と息子、やはり似てくるものなんでしょうね。


