2011年06月07日 10:30
『3月11日』
皆様、ご無沙汰しております。杉山です。 前回執筆(蜂退治)させて頂いてから約2年が経ちました。以前のブログで執筆させて頂いた、蜂も我家が危険と感じたのか、この2年間は雲隠れをしているみたいです。また状況も大きく変わり、東日本の営業部にも個性的な人が増え、私自身が日々成長させて頂いております。
話しは変わりますが、あっという間に過ぎたこの2年間で最も印象深い出来事といえば・・・、やはり3月11日に発生した『東北地方太平洋沖地震』です。 まずは執筆にあたり、この度の震災で被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。
3月11日社内で会議しているときに、長い揺れが本社を直撃致しました。初めて体感した大きい揺れ、ただ事ではないとワンセグ携帯からTVで確認すると家や車が流されていて、目を疑うような光景が広がっていました。
まずは部署の仲間の安否確認、夕方には全員の無事が確認されました。都内は帰宅ラッシュの群衆・車の長蛇の列、ホントの意味で初めて事の重大さを認識した瞬間だったかもしれません。
週末明けの14日、緊急で本社に災害対策本部を設置し情報収集、その日の夜には出発することを決め、火曜日には緊急車両の許可証を取得し、水曜日には被災地に向けて出発・・・。全社員、取引先を含め『被災地に物資を届ける』という目的に向かって各部署、個々の人間が自分のすべきことを判断し、行動した結果、物資を届けることが出来たと実感しています。
ただ被災地に向かうと決めるまでには、かなりの覚悟が必要でした。食料、ガソリン、ライフライン、原発・・・。ただ病院の方からの悲痛なメール、情報等を聞いているうちに、マイナスの思考からプラス思考に変化してきました。よくよく考えると、モレーン含め私が生活できているのも病院のお陰であります。そのパートナーが困っているのだから、感謝の気持ちを込めて恩返しをしなければと思い、覚悟が決まりました。
実際の現場に行ってみると、医療スタッフの方々は食事をとることよりも患者の対応が最優先であり、空腹でも笑顔で仕事していました。ある看護師長は、『スタッフの笑顔は私の元気の源』とおっしゃっていました。被災地に行けるかどうかで悩んでいた自分自身が情けなく思えた瞬間でした。
無事に物資もお渡しする事ができ、全てを出し切った感じの帰り道・・・、ここで最後の大問題が発生致しました。行きの問題は雪の中、アイスバーンの路面を夏タイヤで走行してきましたが、それより重大だったのがガソリン不足でした。給油待ちで約40分ならび、やっと順番が回ってきて、給油ポイントに向かおうとした瞬間、計画停電で給油出来ず。後方のトラックからは罵声や怒号が聞こえてきましたが、もう笑い飛ばすしかなかったです。最終的にはギリギリの状態で無事に帰社致しました。いつも暑苦しく思っているのですが、東京営業部のみんなで迎えてくれたときは、本当に嬉しかったです(笑)
最後に今回のケースで、物資運搬の為にご協力頂いた関係者の皆様、本当に有難う御座いました。


